説得力のある話し方、文章を書くコツと「断言する文章」の注意点

宇崎です。

以前に取り上げた「説得力のある文章の書き方」というテーマで、

「文体から自信を感じさせる」

というポイントを取り上げた事がありました。

説得力のある文章の書き方

そしてその「文体から自信を感じさせる具体的な方法」としては、

“曖昧な言い方をするより、断定した言い方をする”

という事をお伝えした上で、

・断言するからにはその根拠を示す
・無根拠な断言、確実性の無い事の断言はしない


という事を併せてお伝えしたのですが、
この「断言する事が適切なもの」と「そうでないもの」が、
意外に多くの人が分かっているようで分かっていない。

そんな節があるように思えましたので、
今日はこの部分についてもう少し詳しい講義をしておきます。

断言するべき主張とそうするべきではない主張


説得力のある文章、自信を感じさせる文章を書いていく上で、
物事を断定した言い方をしていくというのは確かに有効なのですが、
決して断言するべきではないような事まで断言してしまうと
根本的にその文章は「違和感のあるもの」になってしまいます。

更に極端な状況を取り上げて言うと、
主張全体が独りよがりで押しつけがましいものになってしまい、
逆に「説得力の無い文章」になってしまう事もあると思います。

では、具体的にどういう主張は「断言が適切」であり、
逆にどういう主張は「断言が不適切」なのか、
強いてこの線引きを明確にするのであれば、
断言するべき主張とするべきではない主張は以下のように分けられます。

<断言する事が適切と言える主張>
・自分の考え、意見に基づく主張
・読み手のほぼ全てが認識している客観的事実

<断言する事が不適切と言える主張>
・読み手側の考え、認識
・読み手の大半が認識していない客観的事実
・正解のない物事や一般論

断言が適切な主張、不適切な主張、
それぞれを併せて5つの項目を挙げましたが、
それぞれ、具体的な例文と併せて解説していきます。


断言が適切な主張:自分の考え、意見に基づく主張


まず『自分の考え、意見に基づく主張』は、
そのままキッパリと断言して問題ありません。

ただ、これを主張する際の注意点としては、
あくまでもそれが自分の考え、意見である事を
しっかりと読み手に認識させられるように断言する事です。

「それはあくまでも自分の考え、意見として示しているものである」

という事が読み手側にしっかりと伝わらなければ、
仮にそれが『自分の考え、意見に基づく主張』であるとしても、
読み手側に違和感を与えてしまう場合があるので注意してください。

以下にその例文を挙げておきます。

カラーライスとラーメンなら、私はラーメンを食べるでしょう。

まさにこれは自分の考え、意見を「断言」していますが、
それがあくまでも「自分の意見である事」を
しっかりと読み手に伝わるように主張しているものになります。

仮にこれが以下のような文章になってしまうと・・・

カラーライスとラーメンなら、ラーメンを食べるでしょう。

文章的には「私は」という一文が消えただけなのですが、
この文章ではそれがあくまでも「自分の意見である」という事が
読み手に伝わらない可能性があり、あたかも

「誰もがラーメンを食べるしょう」

という事を断言しているような文章になってしまっている為、
まさに先ほどの5つの項目で言えば、

・読み手側の考え、認識
・正解のない物事や一般論


この2つの「断言するべきではない事」を、
何の根拠もなく断言しているように捉えられる恐れがあります。

つまり、自分の考えや意見は多いに断言して問題ありませんが、
それを断言する際はそれが「自分の考え、意見である事」を
読み手側がきちんと認識出来る文章にする必要があるという事です。

「自分は」「私は」という一文がただ抜けてしまうだけでも、
その文章は一気に「押し付けがましいもの」になってしまいますので、
このような自分の考え、意見を断言する文章を作成する際は

「あくまでもそれが自分の考え、意見である事」

をしっかりと認識させられる文章を作るようにしてください。

続いて次の「断言が適切な主張」にいきます。


断言が適切な主張:読み手のほぼ全てが認識している客観的事実


これは書いてそのまま

『地球は丸い』『夏は暑い』『1日は24時間である』

などの、誰が断定的に主張されても違和感を覚えない、
まさしく「客観的な事実」と言えるものであり、
このようなものは、当然、そのまま断言していって問題ありません。

逆に「1日は24時間だと思います」などの曖昧な言い方は、
どう考えても不自然さを感じさせてしまうと思いますので、
まさにこのような「誰もが認識している客観的な事実」は、

「断言する事こそが適切なものである」

と言っていいと思います。

また、これは先程解説した「自分の考えや意見」も同様であり、

「私はラーメンが好きだと思います。」

という主張、文章はどう考えても不自然かと思います。

つまり、ここで示したような、

・自分の考え、意見に基づく主張
・読み手のほぼ全てが認識している客観的事実

などは、断言しなければ逆に不自然なものであり、
断言こそが適切なものであると言えるわけです。

では、ここからは逆に「断言する事が不自然な主張」について、
先程示した3つの項目をそれぞれ事例と併せて解説していきます。


断言が不適切な主張:読み手側の考え、認識


基本的に「読み手の考えや認識」を断言する文章は、
ただの「決めつけ」や「押し付け」に聞こえてしまう為、
説得力以前に「反感」を覚えさせてしまう恐れがあります。

例として先ほど示した「ラーメンとカレーライス」の例文で、
より顕著に「読み手側の考え、認識」を断言してみます。

カラーライスとラーメンなら、
あなたは間違いなくラーメンを食べるでしょう。

当然、これを目にした読み手は、

「何を根拠に?」

と思うでしょうし、仮にそれが実際にそうだとしても、

「自分の好みを勝手に決めつけられた」

という事に対してはやはり反感を持ってしまいます。

基本的に、物事を他人に決めつけられ、断言される事には、
無条件で反感を覚えてしまうのが人間心理の特性だからです。

ランチの出前などで、

「あんたはラーメン好きだからラーメンでいいね。」

と言われたなら、仮にその時、ラーメンが食べたくても、
どこか反抗したい気持ちになりますよね?

要するに「そういう事」なんです(笑)


断言が不適切な主張:読み手の大半が認識していない客観的事実


これは「断言が適切なもの」としてお伝えした、
「客観的な事実」という点では何ら変わるものではないのですが

「その客観的事実を読み手の大半が事実として認識しているか」

が1つのポイントになってきます。

もしもそれが明らかな「客観的事実」であるとしても、
読み手の大半がそれを「事実」として認識していない場合、
それをただ断言する文章はやはり適切であるとは言えません。

以下に例文を示します。

サンマやヒラメやピラニアなどの魚は基本的に人を襲いません。

やや強引な例文ですが、多くの人が

「人を襲う肉食の魚」

というイメージを持っている「ピラニア」は、
実は実際に人を襲ったという記録はないらしいです。

よって、その「客観的事実」としては

「ピラニアは人を襲う魚ではない」

ということになります。

ですが、多くの人は

「ピラニア=人を襲う魚」

というイメージを当然のように抱いていますので、

「ピラニアは人を襲わない」

という事実は意外に感じる人の方が圧倒的に多いと思います。

よって、このような読者の大半が認識していない事実を
あたかも当然のように断定的に主張する文章は、
やや読み手に違和感を与える可能性がある為、
文章としては以下のようなものにするのが適切と言えます。

サンマやヒラメなどの魚や、意外に思われるかもしれませんが、
ピラニアなども基本的に人を襲いません。

実際にピラニアが人を襲った記録はないらしく、
そのイメージは映画などによって作られたものらしいです。

このように読み手の大半がその「客観的事実」を、
実際に「事実」として認識していない事を主張していく際は、
その事を前提として踏まえた文章を構成するべきであり、
それを当然のように断言する文章は不適切であるという事です。

これは読み手側の「認識の比率」にも関係してくる部分ですが
想定する読者層の一部でも「その認識を持っていない可能性」があるなら、

「読み手側に事実を認識させていく配慮」

は出来る限り、加えていった方が良いかと思います。


断言が不適切な主張:正解のない物事や一般論


これは先ほどの「ラーメンとカレーライスの例文」でも示した、

「カラーライスとラーメンなら、ラーメンを食べるでしょう。」

などが、まさに「正解のない物事を断言している主張」に該当し、
「正解のない一般論」という点では以下のようなものがそれに該当します。

まず努力してください、努力は必ず報われるものですから。

世間的な「一般論」としては、

「努力は必ず報われる」

という事が多くの人に言われている傾向にあるかもしれませんが、
誰もがこの「努力は必ず報われる」という主張に
そのまま素直に「共感出来る」とは限りません。

そして「努力は必ず報われる」という主張は、
必ずしもそれが正解であるとは断言出来ないものだと思いますので、
このような「不確かな一般論を無根拠に断言する文章」は、
読み手から「反感」を買ってしまう恐れがあります。

よって、このような「正解のない一般論」を主張する際には、

・それがあくまでも自分の意見である事を読み手に認識させられる文章
・それがあくまでも一般論である事を前提に主張する文章


このいずれかの形で主張していくのが適切かと思います。

以下、先程の例文に対してのそれぞれ構成を前提とする改善例です。

(正解のない一般論を自分の意見として読み手に認識させる文章)
まず努力してください。
少なくとも私は、努力は必ず報われるものだと思っていますから。

(正解のない一般論をあくまでも一般論である事を前提に主張する文章)
一般的には努力は報われるものだと言われています。
だからこそ、まずは努力してください。

このような構成にする事で、その主張があくまでも

・個人的な意見である事
・一般論としてそれを述べている事


などが読み手側に伝わりますので、
不確かな一般論を無根拠に断言しているような文章では無くなり、
仮にこの主張に対して「共感出来ない読み手」に対しても、
そこまで大きな「反感」を覚えさせずに済むはずです。


断言するべき主張とそうするべきではない主張、まとめ


以上、説得力のある話、文章を意識していく上で、
全ての物事を断言していく事が必ずしも適切とは言えません。

それが「不適切なケース」としては、

・読み手側の考え、認識
・読者の大半が認識していない客観的事実
・正解のない物事や一般論


この3つが挙げられ、それぞれを例を挙げて解説させて頂きました。

あくまでもキッパリと断言していくべきは、

・自分の考え、意見に基づく主張
・読者のほぼ全てが認識している客観的事実


この2つであるという認識と併せて、
説得力を意識して断言的な文章を書いていく際は、
その1つ1つのポイントをしっかりと意識していくようにしてください。

K.Uzaki

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2016年2月13日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:文章講座

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