神秘性と違和感。宗教学、潜在的宗教観とコピーライティング。

宇崎です。

前回、前々回と歴史学を用いたコピーライティング講座を進めてきました。

前回はマルクスのマルクス主義を題材とした
コピーライティング、文章の力の可能性について。

前々回はナチスのアドルフ・ヒトラーの演説を題材に
人の心理を洗脳していくテクニックについてを講義してみました。

今回は更にギアを入れて「宗教学」を題材に
コピーライティングの本質的なものに迫ってみたいと思います。

やや理解に苦しむ難解な題材かもしれませんが
そういう講義こそ頭の体操にもなりますので是非読んでみてください。

神秘と違和感。宗教学とコピーライティング。


これはコピーライティングという分野に限る話ではないのですが、
人には普遍的、潜在的な「宗教観」というものが備わっています。

生後、潜在的に擦り込まれたものという表現が正しいと思いますが
世界各国、どこの国に行ってもその国や地域には、
小さな部族や民族から国家単位のものまで
その場所特有の宗教観のようなものがあり、文化があります。

当然それは日本も例外では無いと思います。

若干、日本に住む日本人の場合は歴史的影響もあって
キリスト教を信仰する人もいれば仏教を信仰する人もいて、
あらゆる宗教の行事を多くの人が違和感なく受け入れてます。

世界的に見ればこんな国は珍しいので、
ある意味で私は最先端の宗教観を持った国だと思うのですが
世界的に見ればやはり異常な宗教観を持った国だと思います。

ただ日本人の感覚では1つの宗教に深く信仰し、
お祈りや断食などを欠かさないような人達は
生きる上での合理性に欠ける不可解な人種に見えてしまいがちです。

まあ、風土が違えば文化も宗教も違うわけで、
その常識も全く異なるという話なのですが、
それでも日本人にはある程度は
誰もが共通して持っている宗教観があります。

何の宗教にも信仰していないし、
神も霊も信じないという無神論者を豪語する人でも
やはり一人で墓地に行くのは気味が悪いと言うはずです。

お地蔵さんや仏壇にイタズラするのは気が引けるはずです。

まさに私はそういうタイプなので良く解りますが
神も霊も「全く信じていない」というのは意識上の理屈で、
やはりどこか潜在的には何らかの宗教観が擦り込まれているわけです。

これがいわゆる「潜在的宗教観」というものなのですが、
映画や小説などの物語は勿論、コピーライティングというものにも
この「潜在的宗教観」は非常に重要な要素の1つになります。

例えばこういうコピー。

「あなたがこの手紙を読んでいるのは運命です。」

「神様があなたにチャンスを下さったのです。」


これはまさに「潜在的宗教観」に訴えかけるコピーであり、
私のように神も霊も信じないという無神論者にも
言わんとしている事は伝わりますし、
むしろ「潜在的宗教観」から、少なからず反応さえしてしまいます。

つまりコピーライティングというものにおいても、
この「潜在的宗教観」は良くも悪くも利用できるものだという事です。

何よりこの「潜在的宗教観」そのものを悪用している
悪徳商法的なものも世の中にはたくさんあると思います。

ただ、この「潜在的宗教観」を刺激するコピーは
その理屈をしっかりと理解出来ていないと
全く反応の取れない胡散臭いだけのコピーになってしまいます。

むしろそういうコピーがネット業界には物凄く多いわけです。


「潜在的宗教観」を刺激する有効なコピーと胡散臭いコピー。


例えばこれは「コピー」ではないのですが、
この一文を読んであなたはどう感じるか。

深い事は考えずフラットな意識で読んでみてください。

1、「人は死に至ると魂が体を離れ、天へと昇っていく。」
2、「神は存在する。毎週水曜日に現れる。」


1の文章は「潜在的宗教観」からその内容を受け入れられるのに対し、
2の文章には何か「違和感」を感じてしまいませんか?

これはあなたの中の「潜在的宗教観」に、
魂の概念やそれが天に上るという概念は存在する事に対し、
2の文章に対しては「毎週水曜日に現れる神様なんておかしい」と、
時間という軸の中に「神様」が定まる事に違和感を感じるわけです。

これはかなり極端な例ですが、
こうした宗教観を刺激する神秘的なコピーを用いる際、
多くの人が抱える「潜在的宗教観」の概念を読み違えると、
まさにこのような「違和感のあるコピー」を作ってしまう事になります。

そもそもの「魂」という概念や「天に昇る」という言い回し自体、
物理的論理に当てはめて考えればおかしい話なのですが、
それが「潜在的宗教観」の概念に沿ったものになっていれば、
そのコピーには神秘性が宿り、反応へと繋げる事が出来るのです。

また宗教観に限らず「潜在的概念」というものは
昔話や物語などによる影響も強く、
例えばこういうものには多くの人は「違和感」は覚えません。

「動く植物」
「話す動物」
「見えない人間」


勿論、これは現実的にはありえないものですが、
こういうものは昔話や神話などに登場する傾向にあり、
「潜在的概念」の上でそれを許容出来てしまいます。

現実には存在しないからこそ、
こういう一文にも「神秘性」を感じられるわけです。


「神秘性」と「非現実性」


そして神も霊も信じないという人も含め、
人はとにかくこういう「神秘的なもの」が大好きです。

科学よりUFO。

化学より錬金術。

ニュースよりも都市伝説。

現実より占い。

こういった「未知なるもの」に対しては純粋に刺激を感じ、
少しでもその「理解」や「認識」が深まってしまうと、
いとも簡単にそれを信じてしまうほどの強い力があります。

こういうものが大きな関心を集めたり、
大きなビジネスに繋がっている事例も珍しくは無いはずです。

当然、これらのような要素も使い方によっては、
神秘性を引き出す刺激的な要素としても活用できますし、
まさにその理解と認識の深め方次第では、
「信用を得る為の要素」としても用いていく事が出来ます。

ただこういった要素は「もろ刃の剣」でもあり、
その使い方を間違うと一気に「胡散臭いもの」になります。

どちらかというと上級者向けの要素ではあるのですが、
コピーやその概念をろくに勉強していない人ほど、
安易にこういった材料を使いたがる傾向にありますので、
もしもこういった「非現実性」の要素が強い材料や
「潜在的宗教観」を刺激するコピーを用いる際は、
その潜在的概念を見直すところから始めてみてください。

使いようによっては強力な武器になります。

勿論、悪用は厳禁ですが。

それではまた次回。

K.Uzaki

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2014年4月24日 | コメントは受け付けていません。 |

カテゴリー:心理テクニック

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