村上春樹の小説、文章に学ぶ比喩表現と隠喩表現の特徴と考察。
宇崎です。
今日は文章における「比喩」の講義をしたいと思いますが、
これは例文を挙げて進めていく方が分かり易いと思いました。
日本で「比喩が上手い」と言われている作家さんとしては、
やはり村上春樹さんがその筆頭に挙げられると思いますので、
今日はこんな題材で講義を進めてみたいと思います。
村上春樹の小説、文章に学ぶ比喩表現と隠喩表現の特徴と考察。
村上春樹さんの小説や文章はもともと好みが分かれると言われていて、
熱狂的なファンがいる反面、アンチと呼ばれる人も多いみたいです。
ただ、その要因の1つは村上春樹さんの小説(文章)が
他の作家の小説(文章)に比べて比喩、隠喩が非常に多い事と、
その内容の1つ1つがあまりにも「飛んでいる」ため、
そこを好きになれない人はどうしても受け入れられないのだと思います。
要するに、その比喩、隠喩を筆者と共有して楽しめるかどうかが、
村上春樹さんの小説を楽しめるかどうかの分岐点なんじゃないかと。
実際に、何かで読んだ事があるのですが「比喩表現の上手さ」を
「異なった二つのイメージ間のジャンプ力」
と考えた時に、その「ジャンプ力」を競い合えば、
村上春樹さんほど遠くに飛べる日本の作家はいないという事を
別の作家さんが村上春樹さんに向けて書いていました。
この評価が既に作家さんならではの比喩だな、と思いましたが
それくらい村上春樹さんの比喩は「飛んでいる」わけです。
そういうわけで、今日は実際に村上春樹さんの小説から、
幾つかの比喩表現を引用しながら「比喩」を
・コピーライティングに活用していく視点
・コピーライティングに活用していく方法
などを具体的に講義していきたいと思います。
尚、その上で実際に幾つか例文を引用していきますが、
ここでは「隠喩」も比喩の1つとして例に挙げていきます。
比喩:ある物事を、類似または関係する他の物事を借りて表現すること。 |
隠喩:比喩でありながら、比喩であることを明示する形式ではないもの。 |
比喩と隠喩(メタファーとも言います)の違いは上記の通りですが、
要するに「○○のように」「○○のような」というように、
それが「例え」である事が分かるように示されているものが比喩。
対して、その「のように」が示されていないものが隠喩であり、
どちらも分類としては比喩表現(たとえ)に変わりはありません。
ですので、この講義では、これに線引きをせずに例文を示していきます。
比喩を有効に活用する3つの視点。
まず、基本的な考え方として「比喩(たとえ)」を
文章上、有効に活用できるのは、どういう時かと言うと、
「読み手に鮮明なイメージを描いて欲しい時」
であり、特定の対象、物事、状況や心理、心情、感情など、
これらのイメージを読み手に伝えたい時に有効なものが比喩なんです。
「リンゴがあった」
「それは一瞬だった」
「彼女は笑った」
「私は悲しかった」
このように文章で物事、出来事、表情、心理を表現する時、
このままの表現では、その文章以上のイメージを与える事は出来ません。
その必要がないような場合は無理に比喩を使う必要もありませんが、
・それがどんなリンゴかを鮮明にイメージして欲しい
・それがどれくらい一瞬だったのかを伝えたい
・どんな表情で笑ったのかを頭の中に描いて欲しい
・どれくらい悲しかったのかを分かって欲しい
という場合、その対象の様子や度合いを比喩で例える事で、
その具体的なイメージを、より鮮明に読み手に伝えられるわけです。
そして、その具体的なイメージを頭の中に描かせていく事は、
それが小説であれば、物語に読者を引き込む上で重要になりますし
コピー(広告)においても、それは同じ事が言えます。
それを具体的に、鮮明にイメージさせる事が出来てこそ、
その物事に対する「共感」などを引き出し易くなるからです。
その上で、私が考える「比喩」の主な対象になるもの、
その対象にする事で有効な効果を生み出すものは、
・目に見えるものを対象とする比喩
・目に見えないものを対象とする比喩
大きく分けて、この2つに分類され、
これらは更に以下のように分類する事が出来ます。
(目に見えるものを対象とする比喩) ・特定の対象(モノ)を具体的にイメージさせるための比喩 ・表情から見える心理を具体的にイメージさせるための比喩 |
(目に見えないものを対象とする比喩) ・目に見えない対象をイメージさせるための比喩 ・心理、心情をイメージさせるための比喩 |
では、この分類を前提に実際に村上春樹さんの小説から、
幾つか、例文を挙げていきたいと思います。
特定の対象(モノ)を具体的にイメージさせるための比喩。
白いたつまきが空に向かってまるで太いロープのようにまっすぐたちのぼっている。 引用:海辺のカフカ |
陰毛は行進する歩兵部隊に踏みつけられた草むらみたいな生え方をしている。 引用:1Q84 |
スカートはぐっしょりと濡れて彼女の太腿に身寄りのない子供たちのようにぴったりとまつわりついていた。 引用:世界の終りとハードボイルドワンダーランド |
上記は「たつまき(の様子)」「陰毛(の生え方)」といった
特定の対象(モノ)とその様子を比喩で表現しています。
・まるで太いロープのように
・行進する歩兵部隊に踏みつけられた草むらみたいな
・身寄りのない子供たちのように
このような「視覚的な描写」を用いて、その対象の様子を、
より視覚的にイメージできるようにしているわけです。
ただ、ここで挙げた例は視覚的なイメージのみを広げるもので、
この「特定の対象(モノ)」に対して用いる比喩は、
その対象を目にしている人物の心理や心情を表す事も出来ます。
ビニール・ラップを何重にもかぶせたようなぼんやりとした色の雲が一分の隙もなく空を覆っていて、そこから間断なく細かい雨が降りつづいていた。 引用:世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド |
これも「雲(の様子)」に対しての視覚的な比喩ですが、
「ビニール・ラップを何重にもかぶせたような」
という雲の表現は、その雲を目にしている人物側の心理も、
同様の心理である事を表現できる効果を生んでいると思います。
つまり、この「特定の対象(モノ)」に対して用いる比喩は、
・その対象のイメージをより鮮明にできる
・その対象を目にする人の心理を表現する
このような2つの効果を有効に担う事が出来るということです。
表情から見える心理を具体的にイメージさせるための比喩。
彼は一人息子の写真でも見せるようににっこりと微笑みながら 引用:羊をめぐる冒険 |
彼女は気取ったフランス料理店の支配人がアメリカン・エクスプレスのカードを受け取るときのような顔つきで僕のキスを受け入れた 引用:国境の南、太陽の西 |
木の葉の間からこぼれる夏の夕暮れの最後の光のような微笑みだった 引用:ダンス・ダンス・ダンス |
上記はいずれも「表情」をイメージさせるための比喩で、
その比喩によって、表情の裏にある心理を描写しています。
嬉しそう、哀しそう、笑っている、泣いている、といったように、
人の表情を率直に表現できる言葉は幾つかあると思いますが、
これだけではその鮮明なイメージや心理を描写する事が出来ません。
とくに小説などは、その心理描写などが重要になるため、
表情にはこのような比喩表現が多く用いられる傾向にあります。
逆にコピー(広告)の文章においては、
あまり活用する事はない比喩表現かもしれませんが、
小説を書くのであれば、避けられないものだと思います。
目に見えない対象をイメージさせるための比喩。
予言は暗い水みたいにそこにあった。 引用:海辺のカフカ |
「もしもし、」と女が言った。それはまるで安定の悪いテーブルに薄いグラスをそっと載せるようなしゃべり方だった 引用:風の歌を聴け |
これは「目に見えない対象をイメージさせるための比喩」であり、
上記は「予言」や「しゃべり方(声色)」が比喩の対象になっています。
「予言」も「しゃべり方(声色)」も、目に見えるものではありません。
故に、それがどういうものかをイメージさせたい場合は、
やはり、そこに比喩を用いていく必要があるんです。
それが目に見えないものであるからこそ、
文章でそれをたとえて描写する必要があるという事です。
心理、心情をイメージさせるための比喩。
時間のことを考えると私の頭は夜明けの鶏小屋のように混乱した。 引用:世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド |
いろんな出来事が回転木馬のように接近したり離れたりしていた。 引用:世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド |
これも同様に目には見えない心理や心情、
その人物の「頭の中」を表現している比喩であり、
やはり「心理」や「感情」のようなものは目には見えないため、
それを鮮明に伝えるには比喩を用いていく必要があります。
喜怒哀楽はもとより、上記のような「混乱」や「迷い」など、
その心理を鮮明に描写するには比喩が不可欠なわけです。
有効な比喩の作り方。
ここまでで例に挙げた比喩表現は全てそうなのですが、
比喩はやはり「視覚的なイメージ」を引き出す事が有効であり、
「その対象を視覚的なイメージ(目で見える何か)に例える」
という手法が最もオーソドックスです。
ただ、これは絶対にそうでなければならないという事ではなく、
嗅覚、感覚、味覚、聴覚を対象とする表現でも問題ありません。
プレイヤーの針をターンテーブルのかどにぶっけたときのような不自然に誇張された音が耳の中に響きわたった 引用:世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド |
これは「聴覚」を対象とする比喩になっている事が分かると思います。
つまり比喩は五感のいずれかに訴えかける表現が有効であるという事です。
ただ、その中でも、最もイメージを広げやすく、たとえ易いものが
視覚を対象とする表現であるため、比喩表現は全体的に、
視覚的な表現を用いたものが多い傾向にあります。
その上で、コピー(広告)の文章やメルマガの文章などにおいても、
・目に見えない対象をイメージさせるための比喩
・心理、心情をイメージさせるための比喩
この2つの比喩を有効に活用できる余地は大いにあるはずです。
ただ、ここで例に挙げていったような村上春樹さんレベルの比喩は、
正直、センス・・・としか言いようがないもののような気がします。
何せ、アジア圏で初の「フランツカフカ賞」を受賞し、
ノーベル賞候補にも挙がっている世界的な作家さんですからね。
正直、ここまで「飛距離のある比喩」はコピー(広告)には、
必要ないと思いますので、世界的な作家を目指すような人以外は、
無難な比喩(たとえ)を用いていく範囲で十分だと思います。
少なくとも、コピー(広告)を担う文章において、
比喩は、上手く使えると有効なものではありますが、
強いて必要不可欠というほどのものではありませんので。
ですが、小説などを読んでいくと、
心に残る比喩が出て来る事もあると思いますので
そういうものは頭に留めていくのも1つの手かもしれません。
そういう意味では村上春樹さんの小説は「比喩の宝庫」だと思います。
どの小説のどのページに目を落としても比喩が出てきますからね。
村上文学が苦手という人も、そういう見方をすると面白いかもしれません。
その比喩の1つ1つを今回の講義内容と照らし合わせてみてはどうでしょうか。
是非、参考にしてみてください。
K.Uzaki
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カテゴリー:文学に学ぶコピーライティング