自分自身の「文章」をブログなどを介してネット上に公開した場合、
そのブログに訪問(アクセス)して来た人は、その「文章」に目を通します。

その際、そのブログをビジネス上の「集客」を目的に運営していた場合、
そこに訪問(アクセス)してきた新規の訪問者が「見込み客」となるわけですが、
実質的に、見込み客と自分自身が最初の「接点」を作り出すタイミングは、

「新規の見込み客が自分が書き上げた文章に初めて目を通していく瞬間」

に他なりません。

その際、その文章を読み進めていく「見込み客」にあたる人は、
その文章の「内容」に対して、何らかの「感想」を抱く以前の段階で、
実際に読み進めていく文章そのものに対して何らかの「印象」を抱く場合があります。

それは「無意識」に近い範囲のものも含めたものになりますが、
文章の内容に対する肯定、否定、共感、反感といったものよりも先に、
まずは、文章そのものに対して何らかの「印象」を抱く場合があるという事です。

印象の良い文章、悪い文章の違い。その書き方とポイント。


そのブログなどのコンテンツにおける文章をある程度でも読み進めてもらえれば、
その時点で抱く「印象」は、その内容に対する「感想」が主となるはずです。

つまり、その文章の内容を「肯定」した上で「納得」や「共感」に至っていれば、
そのコンテンツはもとより、その文章を書いたであろう「人物」に対しても、
それ相応の「好印象」を抱く状況に至っていると考えられます。

逆に、納得や共感に至らず、その内容に「反感」を抱いているような場合は、
その文章を書いた「人物」に対する印象も良いものにはなっていないはずです。

ただ、このような「文章の内容を踏まえて生じる印象」は、あくまでも、
その文章を一定範囲、読み進めた上で初めて生じるものになります。

ですが、実質的な「文章への印象」は、その内容以前の段階における、

「文章そのものに対する感覚的な印象」

にあたるものが存在するため、この時点であまりに悪い印象を与えてしまうと、
その時点で、文章そのものがそれ以上、読まれなくなってしまう恐れがあります。

どんなに見込み客にとって価値のある話やタメになる話をしていても、
その内容以前の段階で「悪い印象」を与えてしまう場合があるという事です。

そんな「文章そのものに対する感覚的な印象」を左右する要因としては、

・文体(文章上の口調)
・表現(言葉選び)
・読み易さ(分かり易さ)

この3つが主なものとして挙げられます。

1つ目の「文体」は文章上の口調が主なものになりますが、
大きくは「だ・である調」と「です・ます調」に分類されます。

ですます調,だである調,どちらの語尾で文章を使い分けるべきか



よって、この「文体」については、上記を参照いただければと思いますが、
この部分は無難な「ですます調」で文章を書いていくようにすれば、
文章の印象をそこまで悪くしてしまう事もありません。

逆に下手に「個性」を出そうと、

・時代錯誤な文体(~でござる。~で候など)
・山の手言葉(~ざます。~ざんす。など)


このような「奇抜な文体」で文章を書いてしまうと、
それが文章の印象そのものを悪くしてしまう恐れがあるという事です。

奇抜な文体は避け「無難な文体(ですます調)」で文章を書く。


また、2つ目に挙げた「表現(言葉選び)」は物事の言い回しなどにおいて、
あまり一般的ではない表現や、若者言葉、ネット特有の用語などを多用すると、
それらに馴染みの薄い人は、感覚的な「ギャップ」を感じてしまいます。

自分自身が普段、まず使わないような表現や言葉が、
当たり前のように多用されているような文章は
3つ目に挙げた「分かり難さ」にも繋がってしまうため、
これも内容以前の「文章の印象を悪くする要因」となるわけです。

ただ、1つ目、2つ目に挙げた「文体」と「表現」については、

・奇抜な文体、一般的ではない表現を避ける
・無難な文体。一般的な表現を用いる

このような「普通の文章」を心がける範囲でクリアする事ができるため、
実質的に、世の中の大半の文章は、この部分は問題なくクリアできています。

よって、実質的に文章そのものの印象を悪くしている「主な要因」は、
3つ目に挙げた「読み易さ」および「分かり易さ」の部分であり、

「伝えたい事を正しく伝える」

という観点でも、文章の読み易さ、分かり易さは極めて重要となります。

ただ、読み手側が感覚的な範囲で捉える「読み易さ」や「分かり易さ」は、
職業柄も含めて、よほど文章に精通しているような人でない限り、
その文章の読み易さ、分かり易さなどは感覚的な「印象」で判断します。

つまり、

「この文章は、ここがこうだから読み易い(分かり易い)」
「この文章は、ここがこうだから読み難い(分かり難い)」


というように、その読み易さ、読み難さの「要因」にあたるものを、
強いて意識的に捉えているような人は「稀」という事です。

そして、その「感覚的な印象」を実質的に左右しているのは、
多くの人が、ほぼ無意識に近い感覚で自分の中に内面化している、

「文章の規範(いわゆる文法)」

にあたるものであり、その「規範」に近い文章になっているほど、
その文章を捉える印象は「読み易い」というものになります。

逆に、その規範に沿わない文章ほど「読み難い」という印象になるわけです。

よって「読み易さ」に伴う感覚的な印象を良いものにするためのポイントは、

「多くの人が捉える文章の規範(文法)に沿った文章を書く事」

であり、これが実質的な「文章の印象」を大きく左右するという事です。

多くの人が捉える文章の規範(文法)に沿った文章を書く。


ですが、以下の講義でも言及した事がある通り「母国語(日本語)の文法」は、
それを1から教わって覚えた、勉強して覚えたという人は滅多にいません。

母国語、日本語の文法や文章を「理解」したのはいつなのか。



つまり、大抵の人は「母国語(日本語)の文法」を、
幼少期からの日常生活の中で無意識的に学習してきているわけです。

よって、多くの人が「読み易い」「分かり易い」と感じる『文章の在り方』は、
必ずしも「文法のルールに沿った正しい文章」というわけではありません。

文法上はこのような文章が正しい。とされる文章の書き方があったとしても、
それが多くの人にとっての文章の規範となっているとは限らないという事です。

その上で、私や師匠が文章において追及しているのは、

「文法をベースとした論理的な分かり易さ」

であり、文法は当然のベースとして重要視していくのですが、その上で、
分かり易い文章の「理」を追及した書き方を追及していくようにしています。

ただ、ひたすら文法に沿った「正しい文章」を書いていくのではなく、

「論理的な分かり易さを追及して文法に沿った文章を書く」

という事を徹底しているわけです。

そんな「分かり易さの理」を追及する文法に沿った文章の書き方については、
このブログ内でも、その視点に基づく文章講座を多数公開していますので、
是非、そういった視点で各講座を参考にして頂ければと思います。

>コピーライティング至上主義者の会、コンテンツ一覧へ

「文法」から、読み易さ、分かり易さの「理」を追及するライティング講座


また「文法」から「分かり易さの理」を追及する文章の書き方については、
私の師匠が手掛けた以下のライティング講座を介して学べるようになっています。

>Million Writing [ Gammer ]~文法とコピーライティング~


この【Million Writing [ Gammer ]~文法とコピーライティング~】は、
それこそ「文章そのものの質」を、根底から底上げできる、
そんなライティング教材になっているはずです。

このブログの文章講座では、私が師匠から教わった内容を公開していますが、
このライティング講座では、その大元となっている原理原則が余す事なく公開されています。

是非一度、ご案内のページの方だけでも目を通してみてください。

K.Uzaki